2010年 7月 編集後記
暑い7月になりそうだ。政権交代後の初の国政選挙となる参院選。121議席を争う各党候補者の舌戦で夏がよりヒートアップする。11日には選挙結果が判明し、街は一瞬にして静かになるだろう。だが立候補時に熱心に訴えていたあの候補者のエネルギーは持続してくれるだろうか。あの公約は公約は発揮されるのあろうか。その理念に共鳴し期待をして投じた貴重な一票の行方を見続けなければいけない。政党同士の争いに惑わされずに、政治屋ではない政治家の仕事をしてくれる人を知りたい。生活を左右する国民の代弁者を選ぶ有権者の責任は重い。(安)
2010年 6月 編集後記
振動数の同じ音叉の一方を鳴らすと他方も激しくなり始める。共鳴は、音の世界で顕著に現れる。ジャズやフラメンコライブの魅力は、生身の人間同士の音と命が昇華する一瞬のセッションにある。また、観客も演者と同時に共鳴体験するからだろう。同じ波動同士の人間は自然に引き合うものだという。他者の行動や思想に深く共鳴するのは共鳴現象以外の何者でもない。おっくうがらずに人に会おう。話そう。共鳴する場を持とう。他人から投げかけられた言葉に自分でも気がつかなかった自身の潜在意識が呼び覚まされるかもしれない。(安)
2010年 5月 編集後記
最近、二人の女性の生き方に感動を覚えた。93歳と67歳。共に一人暮らしのつつましい生活を送っておられるお二人には共通した生活習慣がある。毎朝の早起きと、一日の始まりの定例行事だ。起き抜けに完布摩擦やラジオ体操で自分の身体とゆっくり向き合う。こうした身体のメンテナンスを怠らない。日本刺繍、和とじ製本。お二人とも伝統をこつこつと伝える職人技術を身につけておられるが、一朝一夕では出来ない創作は、生活習慣の賜物。自分を律して生きる毎日の積み重ねが、作品となって新たな思いを育む。年月の貴重な重みでもある。(安)
2010年 4月 編集後記
地球環境や運動不足、維持費などを考えると、車は如何なものかと思いつつ、3年前に免許を取得した。
言い訳は別として車を運転する魅力は自転車とは違ったものがある。仕事モードではなく気まぐれに私的空間を広げようとする時に限るが、個空間と外界との微妙なズレが新鮮な発見を呼ぶ。颯爽と道路をすべる感覚は運転してみて始めて味わう体感だ。北河内地域周辺だけでも自然景観に恵まれた場所は枚挙にいとまない。第二京阪道路の開通式で新道路は「緑立つ道」とアナウンスされたが、環境を考慮しながら車と上手に付き合いたい。(安)
2010年 3月 編集後記
地元大学生の卒業制作展を審査した立場で、バンクーバー冬季五輪が興味深かった。高みの向かって飛翔する若者達の姿と学生の姿がオーバーラップしたのだ。目的に向かって努力する若者達。結果よりも出場までの日頃の努力こそが尊い。仏教で「五輪」とは宇宙の万物を構成する地、水、火、風、空のこと。宮本武蔵の書である「五輪書」も武芸兵法の心得をこの5要素から説いている。
五体満足と表現される人間の身体の「五体」。人の身体には万物の構成要素がそのまま備わっている。人は宇宙そのものなのだ。無限の可能性を秘めている私達だ。誇りを持っていきたい。(安)
2010年 2月 編集後記
新年互礼行事で終始した1月。名刺を整理しながら、新年会の講演での「知人から友人に」との言葉を思い出した。単なる名刺交換から、仕事の利害を超えた人間関係に変換させる必要性は、日本の在り方も示唆している。伝統や技術など自国の誇りを自覚してアジア全体と繋がる。まさに「個人の幸福なくして地球全体の幸福はありえない」との宮沢賢治の言と重なる
眼前の経済活動で右往左往して自分を見失わないようにしたい。金銭に代えられない大切なもの。仕事から学ぶことは多い。リタイア後への指針としても切磋琢磨しよう。(安)
2010年 1月 編集後記
寅年新年。国の「虎の子」が心配だ。「こども手当」の財源が問題なのだという。地方自治体が負担を強いられるのか、増税になるのではと、識者の意見が、かまびすしい。ただ経済に無知なわが身にでも分かることはある。親は自分の身を始末してでもこどもにひもじい思いをさせたくはない。が、それも限られた家計の範囲内でののこと。予算が立てられなくて、他にツケが回るならば無茶はしない。下手な借金をすると、ゆくゆくは愛するこどもの負担になるからだ。(安)
2009年 12月 編集後記
一人の人間が一生に出会える人や物事のキャパはたかが知れている。限られた人生。これからどれほどの出来事が自分を待ち構えているのだろう。日常に埋没しているうちに、習慣や惰性に流されてカチカチになってきた頭と心。命を無駄に消費しているのかもしれない。ふっと身中から湧き上がる飢餓感や期待感に身がすくむ。そんなとき思い出す。昔、上司から言われた言葉。「映画は人生を数倍も豊かにしてくれる」と・・・
心に雨が降っていようと、好奇心の芽は摘みたくはない。いつしか映画は心の常備薬となっていた。 (安)
2009年 11月 編集後記
はじめまして。9月からアゴラで記者修行をしています、松井愛です。
私事ですが、今月はラブリーフェスタとすさみフェアin寝屋川という二つのイベントに参加させていもらいました。お祭り大好きな私ですが、これまでは客の立場でしかなく、今回初めて裏側の大変さや運営する人の思いに触れられた気がします。
出演する人たちもみんな「好き」でやっている人たちばかり。「好き」の気持ちが持つパワーに刺激を受け、元気をもらいました。
人生初の司会で、ご迷惑をおかけしたかと存じますが、どうかご愛敬!
2009年 10月 編集後記
ある訃報に接し、言葉を失くした。30年近く発行を続けてきたタウン誌の女性編集者が黄泉の国に旅立った。64歳。現役での死。走り続けてバタッと倒れたという感だ。編集者としてはもちろん、大阪市の地域おこしの立役者として、その活躍ぶりはつとに有名。行政から供花も出されたというから言わずもがなである。同業の徒として、心からご冥福を祈る。
新型インフルエンザの対応はこれからが山場。健康管理は自己責任とはいうものの元気に働ける体力を過信して自身はいい加減なのも事実。ふと亡き編集長に思いを寄せてしまう。
2009年 9月 編集後記
人の顔には、人となりの歴史がそのまま刻まれる。美醜とは関係なく、「いい顔」「悪い顔」が出るようだ。古では、40歳から10年毎に年祝いをした習慣があったという。思想、行動が顔に変化をもたらせるから節目毎に来し方行く末を見つめるという事か。還暦は、干支が60年で1回りして、元に還る祝いだが、心を原点回帰させるのは至難だ。
誰もが生まれた時の真っ白な心を一律に身中に持っている。政治家もしかり
2009年 8月 編集後記
夏の七草は、シロツメクサ、アカザ、イノコズチ、ヒユ、スベリヒユ、ヒメジョオン、ツユクサらしい。
第二次世界大戦中、日本学術振興会学術部・野生植物活用研究小委員会が選定した。その由来本には「焼け跡にもたくましく生える食べられる植物」として列挙されている。食糧が極度に不足し、空襲の合間を縫っては食物の買い出しに苦労していた頃、人々の生きる手段と直結していた「夏の七草」。食料が豊かになり、見向きもされなくなったこれら雑草たち。今の時代をどう見ているのだろう。
終戦の8月、雑草を食べる時代に戻りたくはないけれど、ひ弱になった精神は取り戻したい。