2008年 10月 編集後記
初めての乗馬体験は、20代の頃、茨城県の乗馬民宿での事だった。農家の兼菜商売で、馬小屋と客室との違いもさほどなく、部屋の臭気に戸惑った記憶がある。乗馬といっても、田舎の土手道を歩く数分の騎乗だ。当時、自転車にも乗らない運動オンチが馬への憧れだけの単純な思いつきで行動。馬主さんの手を借りて何とか馬上の人となったが、カッコばかりのこちらの心情を見透かされたのか、馬との呼吸が合わない。やがて、馬の方が気を遣ってくれ、身体が馬の歩に合うようになった。ぽこぽこと揺れながら視界が高く広がる。自然景観は感動だった。
2008年 9月 編集後記
フィットネスクラブには、高齢者が良く似合う。
皮肉ではなく、高齢者の社交場は、病院の待合室から、今や健康維持を目的としたオープンスペースに変わった。介護される身にならないように、ひたすら健康維持に邁進する人たち。マシンを相手に黙々と汗を流す。体脂肪率の数字に一喜一憂しながら…。
そこでは時間が性急に流れる。会話もおのずからアップテンポ。待合室での「具合どう?」。自分を語り、相手を気遣うのんびりした空間とは雲泥の差だ。場は変容し人の心は戸惑う。
2008年 8月 編集後記
文明とは、人の知識が進み、世の中が開け、生活が豊かになった状態。時代と共に、技術・機械の発達や社会制度の整備などで、経済的・物質的にどんどん便利になった。今の生活を支えているのは確かに文明の力に間違いない。
だが毎日がスピーディー過ぎる。便利さに慣れて、軽い感覚でいつしか時間が惰性で流れる。快活な精神状態ならばそれもいい。ただ人の感情は一筋縄でいかない。昔の人は、手作業をしながら、ゆるやかに流れる時間の川で、自分の心の声を聞いていたのだろうか。
2008年 7月 編集後記
天帝の娘・織姫と牛追いの夏彦星は愛し合い、夫婦となったが、夫婦生活が楽しくて、織姫は、機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなった。天帝は怒り、年に一度、7月7日だけ会うことを条件に天の川を隔てて2人を引き離した。が、雨が降ると天の川の水かさが増し、渡ることができず会えない。そんな2人を哀れんでどこからか無数のカササギがやってきて、天の川に自分の体で橋を架けてくれるという。星の逢引。七夕には星あい(星合い、星合)という別名がある。愛する人との逢瀬を夢見ながら、日常をこつこつ働く。つかの間の喜び、支えてくれる誰か(何か)があるから364日を生きていける。星に願いを。
2008年 6月 編集後記
個々の人の生活スタイルによって家計の支出はそれぞれだが、限られた収入の中で衣食住を整え、医療費、教育費、娯楽教養費etc・・・家計費捻出に頭を悩ませているのはいずこも同じだろう。まして赤字になれば緊急事態。どこからかお金が降ってくるわけでなく、生活を切り詰め、通帳の数字を見つめやりくりする。個人的には衣服費を削っても何とか娯楽教養費を捻り出したいなぁ。
府の財政再建案(PT案)について各市の意見は様々。今後の成り行き次第だが、医療・福祉・文化へのカットのメスは深く入れないで欲しい。
2008年 5月 編集後記
膝の調子がイマイチで、3時間バスに揺られ鳥取の温泉に出かけた。
露天風呂で独り。漆黒の闇に朧月だけが浮かぶ。雑念が消える深夜の至福。
友人との再会も極上の喜び。深き友情と、いで湯に身体を委ねて心が開く。
2008年 4月 編集後記
4月は、新しい出来事が起こり、未知の人と出会う機会も多くなる。
何億光年の宇宙の営みの中で、わずかな瞬間を生きている命の不思議。生を共有しているというだけで、見知らぬ人にも連帯感を持ってしまう。今を生きているという事実は、めったにないチャンスと捉え、ちっぽけな一人ひとりの人間の、誰もが抱えている溢れかえるような感情を大切にしたい。出会いを新鮮に、相手を受け入れ、自分の中の感情の行方を見つめていくこと。こうして、人は人によって癒される。
2008年 3月 編集後記
同じ海の男として厳寒の海を航行していた。300人と2人。302個の命。命の重みは同じ。ただ違っていたのは、船の大きさと目的。
「イージス艦」とは、イージスシステムを搭載した艦艇。イージスシステムを搭載した艦艇。イージス戦闘システムは、艦隊防空を主目的として開発されており、優れた探知能力と情報処理能力によって、極めて高度な対空戦闘能力を備えている。
片や高騰する燃料費を気にしながら日々の糧を得るために漁をしていた船。
鋭い刃物で切り裂かれたように砕け散った無残な船体から、漁師親子の無念の思いが伝わってくる。
2008年 2月 編集後記
あるイベントのチラシに「一読・十笑・百吸・千字・万歩」とあった。明治時代の漢字者・中島撫山の言葉だそうだ。
先人の言葉は、誰でもどこでも可能な体と脳の健康法を説いている。本を読む。人と語らい大いに笑う。大きく息をする。手紙をまめに書く。車に頼らずに自分の足で歩く。
毎月の新聞発行は、果たして心身の刺激になっているのだろうか?締め切りに追われるうちに に流されているのでは?という事で自戒を込めて、公募をテーマにしてみた。時間は、万人に平等だが使い方によっては不平等にもなる
2008年 1月 編集後記
夢は見るもの、叶えるもの。なのに、昨年は夢を見なかった。語る時も人も持たなかった。
19歳から40年間、『夢記』を綴った高僧・明恵上人(1178〜1232年)は、「現実に行う修行も、夢も、同等の価値がある」ものであったという。厳しい修行があるからこそ夢が見られるのかもしれない。
平成になって20年の新年。区切りのような心機一転の新鮮さを感じる。食の安全、年金問題、医療・福祉、雇用の安定、家族の再生・・・など昨年来の憂いが希望に変わりますようにとの願いをこめて自分なりの修行を見出そう。
2007年 12月 編集後記
子育て真っ最中、にわか百姓をしていた。といっても自宅から数分の小高い山中にあるわずかな土地を借りての野菜作り。開墾、畝づくり、水遣りと畑仕事は結構ハード。3人の息子やその友人たちもよく手伝う。「おばちゃん、力持ちやなぁ」と男の子の言葉で持ちあげかけた石を思わず落としそうになった(笑)。
土に種、肥料と水、太陽。自然の循環システムは素晴らしい収穫を生む。連作を嫌う土の性質も知った。そして何よりの収穫は畑の恵みが、末っ子の野菜嫌いを見事に解消してくれた事だ。
2007年 11月 編集後記
健康だけが取り柄と過信していた。立ち居振る舞いを支えてくれていた足の思いがけない変調。膝の関節がじわじわと身体の免疫力を低下させていた。人の倍速で歩いていた性急な歩行がピタリと止まり、杖を頼りにそろり。週2日、医者に通い投薬三昧。極端に制限された行動に仕事はおろか、当たり前にこなしていた日常生活にも支障が。痛みに身をもてあましているうち、心のバランスも狂いだし、時の流れに気持ちが逆行しネガティブシンキング。そこで、無理に笑ってみた。すると、気分が楽になり、もっと自分の笑顔に出会いたくなった。
2007年 10月 編集後記
我が家の近くのお寺には、樹齢何百年といったクスノキが堂々と大地に根を張っている。土を盛り上げ放射線状に伸びる根っこは、道路を侵食する勢いでその存在感を示している。
500年以上の伝統を誇る寺とともに、地域の歴史を見届けてきた老木。台風が来ようが、カラスや小鳥がいたずらを仕掛けてこようが、まして排気ガスの攻撃を浴びようが、そ知らぬ顔で風のそよぎに身を任せ、歴史の流れを見続けてきた。その姿にふと心を寄せてみる。樹木の持つ生命力に比べて、人間の寿命の何と儚い事。今、ここにある事を謙虚に受け止めたい。